交通事故コラム

脳の怪我(高次脳機能障害の有無)について裁判所は何を重視して判断するのか?

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Q〈質問〉交通事故で負ってしまった脳の怪我(高次脳機能障害の有無) 裁判所は何を重視して判断するの?

 私の家族が、昨年交通事故に遭い、頭を強く打って、認知機能が大きく低下してしまいました。「高次脳機能障害」を理由に損害賠償を認めて欲しいのですが、裁判所は何を重視して判断するのでしょうか?

A〈回答〉CTやMRIの画像所見に基づく脳の器質的損傷の有無が最も重視されています。

 高次脳機能障害の有無を判断するにあたっては、画像所見に基づく脳の器質的損傷の有無が最も重視されています。その次に、意識障害の有無、症状の推移も重視されています。

〈弁護士による解説〉

脳の器質的損傷

賠償問題での「高次脳機能障害」

 「高次脳機能障害」という言葉は多くの意味を含んでおり、文字どおりみれば、高次脳機能の障害そのもの、またはこれが生じている状態を指し、その原因は問わないということになります。
 しかし、交通事故等の賠償問題においては、一般的に「高次脳機能障害」とは「脳外傷による高次脳機能の障害」、すなわち脳の器質的損傷を原因とするものを示す概念として用いられています。
 したがって、「高次脳機能障害」を理由に損害賠償を認めるには、その前提として、交通事故での外傷によって脳に器質的損傷が生じたことが必要となり、これが認められない場合には、非器質性精神障害の問題として扱われることになります。

裁判例の変化

 10年ほど前の裁判例では、原告の主張する認知・行動障害等について、「器質性の障害であるとみることはできない」としながら、高次脳機能障害に該当するか否かの判断を避け、交通事故から精神障害に至る医学的メカニズムの裏付けもないまま、「本件事故以外の原因がみあたらない」などの消去法的理論によって、後遺障害等級9級などの高位の等級評価をしている事例が見受けられます。その背景には、当時は高次脳機能障害に対する医学的知見が必ずしも一定ではなく、司法における判断の枠組みも確立されていなかったことがあると考えられます。
 しかし、最近では、高次脳機能障害の判断基準を明示して、事実関係をあてはめ、明確な評価が下されるようになっています。その要因として、高次脳機能障害の原因や病態が徐々に解明されてきたこと、「自賠責保険における高次脳機能障害認定システムの充実について(報告書)平成23年3月4日」において、脳の器質的損傷を重視する立場が示されたことなどが背景にあると考えられます。
 そして、脳の器質的損傷の有無や程度を認定するにあたっては、裁判所は画像所見、特にCTおよびMRIの画像所見を重視しています。

意識障害の有無および程度

 頭部に強い外力が加わった場合、意識障害が生じることがあります。また、意識障害の程度が重度であり、かつ意識障害が継続する時間が長いほど、高次脳機能障害が残存するリスクが高まると考えられています。

高次脳機能障害と意識障害との関係

自賠責保険における判断基準

 「自賠責保険における高次脳機能障害認定システムの充実について(報告書)平成30年5月31日」では、「脳外傷による高次脳機能障害の症状を医学的に判断するためには、意識障害の有無とその程度・持続時間の把握と、画像資料上でほぼ3か月以内に完成する脳室拡大・びまん性脳委縮の所見等が重要なポイントとなる」とされています。
 その上で、後遺障害診断書に高次脳機能障害を示唆する傷病名の記載がない場合でも、次のいずれかの意識障害が継続していることが確認できる事例では、高次脳機能障害の有無に関する審査会審査を実施するとされています。

1.初診時に頭部外傷の診断があり、初診病院の経過の診断書において、当初の意識障害(半昏睡~昏睡で開眼・応答しない状態:JCS3~2桁、GCSが12点以下)が少なくとも6時間以上
2.健忘あるいは軽度意識障害(JCSが1桁,GCSが13~14点)が少なくとも1週間以上

裁判所の判断の傾向

(A)脳の器質的損傷が認められる事案
 比較的重度の意識障害(JCSが3~2桁、GCSが12点以下)が認められている事例では、大半がCTやMRIで明確な画像所見も認められ、高次脳機能障害の残存が固定されており、等級評価も上位になっているものが多いです。これらは典型的な重症事案といえます。
 一方、脳には器質的損傷が認められるものの、意識障害はないか、あったとしてもごく軽微にとどまるケースもわずかに見られます。こうした微妙な事例では裁判所の判断も分かれていますが、たとえば、東京地判平成20年11月17日では、被害者の左側頭葉内血種は事故前からの脳血管奇形であるとして、高次脳機能障害を否定しています。

(B)脳の器質的損傷が認められない事案
 意識障害がない事案の多くでは、CTやMRIで脳の器質的損傷所見も認められません。こうしたケースでは高次脳機能障害の残存が否定される傾向にあります。
 一方、事故直後に意識障害があったが、脳の器質的損傷は認められなかったという事例は少なくありません。これらの事例の多くは、被害者が脳震とうを起こしているとも推測され、いわゆるMTBI(軽度外傷性脳損傷)の問題をどのように扱うかという問題とも重なります。
 こうした事例における裁判所の判断としては、前述のとおり、10年ほど前までは、事故以外に原因が考えづらいという、いわば消去法的理論で高次脳機能障害を認めた事例が見られましたが、最近は高次脳機能障害が否定される傾向にあります。

(C)小括
 以上からすると、高次脳機能障害の有無に関する最近の裁判所の判断枠組みとしては、あくまで脳の器質的損傷の有無に重点が置かれており、脳の器質的損傷が認められない場合には、事故直後に意識障害があったとしても、その点を重視して高次脳機能障害の存在を認めるという考え方は採用していないと考えられます。

症状の推移(経時的改善原則)

 外傷性脳損傷による高次脳機能の障害は、脳損傷の直後が最も重要であり、時間の経過により改善するという医学的知見があります。
 裁判例でも、事故の発生から長い時間を経過して症状が発現した事例では、そのことを1つの理由として高次脳機能障害を否定したものや、本人の気質の影響を指摘して素因減額を行った事例も多く見られます。
 平成30年報告書においても、外傷から数か月以上を経て高次脳機能障害をうかがわせる症状が発現し、次第に悪化する事例には脳外傷に起因する可能性は少ないと指摘されていることからすると、今後の裁判例においても、症状の発現時期や事故から経時的な時間が経つにつれて改善の有無を重視する傾向は進んでいくのではないかと考えられます。

まとめ

 以上のとおり、最近の裁判例では、高次脳機能障害の有無の判断において、脳の器質的損傷の有無、特にCTおよびMRIの画像所見の有無を重視する傾向が顕著です。
 高次脳機能障害の特徴的な症状(認知行動障害)は、いずれも医師が直接的にその有無や程度を確認することが困難なものです。訴訟においては、そうした症状の有無や障害の程度の評価に加えて、その原因も判断する必要があります。
 画像所見を重視する裁判所の立場に対してはさまざまな意見がありえますが、平成23年報告書および平成30年報告書にもみられるとおり、これが現在の医学的知見に沿う考え方であるとも考えられます。また、画像所見を重視する立場を一貫させることが、訴訟当事者にとっての結果予測可能性を高めるとともに、個々の裁判官の資質や知識量の差による判断のズレを防ぐ効果を果たしているといえるでしょう。