交通事故コラム

会社役員の逸失利益の計算方法

会社役員 後遺障害 逸失利益 役員報酬

〈質問〉後遺障害を負った会社役員の逸失利益は役員報酬を基礎収入として計算できる?

 私は名古屋市内の会社で取締役を務めており、毎月100万円の役員報酬を受け取っていますが、昨年交通事故に遭い、右足関節機能障害の後遺障害(10級11号)を負いました。後遺障害の逸失利益の計算にあたって、役員報酬月額100万円全額を基礎収入とすることは認められるのでしょうか?認められない場合、役員報酬を収入とする者の基礎収入はどのように算定されるのでしょうか?

〈回答〉役員報酬のうち労務の対価と認められる部分を基礎収入として算定します。労務対価部分の算定は、賃金センサスを参考にするケースなどが見られます。

 役員報酬は、労務対価の部分以外にも、実質的に利益配当にあたる部分などが含まれている場合があり、それらの部分について逸失利益は認められません。
労務対価部分の算定にあたっては、会社の規模や職務内容など諸般の事情を総合的に考慮して個別具体的に判断されます。事故前の報酬から割合的に認定する場合や、賃金センサスを参考にする場合などがあります。

〈弁護士による解説〉

役員報酬の特殊性・・・労務の対価以外の部分を含んでいること

 交通事故によって後遺障害を負った場合、後遺障害による労働能力への影響が将来の収入減少につながるため、将来の収入減少(逸失利益)を損害として事故の加害者に請求できます。
 そして、逸失利益の計算にあたっては、事故前の収入を基礎収入とすることが一般的であり、給与所得者であれば事故前年の給与(年収)を基準に逸失利益を計算します。
 では、会社役員の場合はどうでしょうか。給与と役員報酬には次のような違いがあります。
 会社役員と会社は委任契約関係にあり、労働契約ではないことから、多少の業務量の減少や休業は、役員報酬に影響しない場合が多いでしょう。
 また、役員報酬には、実質的に会社利益の配当とみられる部分や、法人税負担軽減のための加算とみられる部分など、労務対価の部分以外が含まれているケースも多いと考えられます。
 そのため、給与のようにその全額を労務対価として認めることが役員報酬においては相当でない場合があり、問題となります。

逸失利益は労務対価の部分に限られる

 裁判所においては、役員報酬の逸失利益について労務対価の部分に限られるとの判断が定着しています(個人企業主について最判昭43年8月2日民集22巻8号1525頁、会社役員について大阪地判平9年11月10日交民30巻6号1613頁)。

労務対価部分の算定

 それでは、役員報酬のうち労務対価部分に逸失利益が限定されるとして、労務対価部分はどのように判断されるのでしょうか。
 具体的には、以下の事情を総合的に考慮して判断されます。
  〇 会社の規模・同族会社か否か・利益状況
  〇 当該役員の地位・職務内容(名目的か否か)・年齢
  〇 役員報酬の金額、他の役員・従業員の職務内容と報酬・給料の額
  〇 事故後の当該役員及び他の役員の報酬額の推移
  〇 類似法人の役員報酬の支給状況
 以上の事情から、事故前の報酬の全額が労務対価と認められる場合もあれば(例えば、大企業の雇われ役員は会社員と同様に全額労務対価とされる場合があるでしょう)、事故前の報酬の一定の割合に限って労務対価と認められる場合もあります。
 また、賃金センサスを参考にして基礎収入を認める場合も考えられます(会社役員の61歳男性につき、余命の2分の1にあたる10年間のうち4年間は雇われ社長として月額110万円全額を労務対価として認め、それ以降の6年間は賃金センサス大卒男性65歳以上の年齢別平均賃金によるとした裁判例(東京地判平成15年3月27日)があります。

具体例(小規模の同族会社の役員につき業務内容等から労務対価部分を収入の6割と認定した裁判例)

東京地判平6年8月30日交民27巻6号1913頁

【事例】

 横断歩道の青信号に従って横断歩行していた被害者(会社A社及びB社で役員を務める67歳女性。事故前年の役員報酬合計約2700万円。)に加害車両が衝突して被害者が死亡した事例。

【裁判所の判断】

 被害者は、A社において、代表取締役社長として経理部門を統括し、副社長とともに営業活動も行っていたこと、役員報酬額、後継者の役員報酬が業績は悪化しているのに飛躍的に増額されていること等総合すれば、株式配当がされていることを考慮しても被害者の役員報酬には利益配当部分が含まれているものとみられ、同人の労働の対価部分はその六割とみるのが相当である。
 B社については、被害者の死亡後・・・が役員に就任し、役員報酬が飛躍的に増額されているが、仕事らしい仕事がなかつたこと、A社の一部門を別会社化したものであり、文字通りA社の一部門と認められるので、A社について職務を行つていればB社についても職務を行つていたものと評価できることからすれば、労働の対価部分はA社と同じく、その六割とみるのが相当である。

【解説】

 被害者が同族会社2社の役員であった場合について、裁判所は、各会社の設立経緯や、被害者が夫の死亡前には会社の経営に関与していなかったものの夫の死後に仕事を覚えたこと、事故当時の出勤状況や業務内容、役員会議への出席状況等を詳細に認定し、実際に役員として活動している事実を認定する一方で、役員報酬が高額であること、被害者死亡後に後を継いだ長男らの役員報酬額が増加している事実などを認定して被害者の役員報酬の中には利益配当部分も含まれていると判断し、労働の対価部分を6割と認定しました。

まとめ

 役員報酬の金額は給与と比較して高額であることが少なくないため、交通事故の被害者が役員報酬を受け取っている場合には、逸失利益の損害額をめぐって争いとなることが実務上多くみられます。適正な逸失利益の賠償を受けるためには、積極的な主張立証活動が求められます。交通事故の被害に遭われた方は一度弁護士にご相談ください。