事業所得者の逸失利益はどうやって計算するの?確定申告していない場合は?
〈質問〉自営業の後遺障害逸失利益の計算方法は?確定申告していない場合は?
昨年交通事故に遭い、左足関節の可動域制限で後遺障害が残ってしまいました。後遺障害による将来の収入への影響を後遺障害逸失利益という損害として加害者に請求できると聞きました。私は自営業者で毎年の所得にばらつきがあるのですが、損害額はどのように計算するのでしょうか?確定申告を行っていない場合は請求できないのでしょうか?
〈回答〉事故前年の確定申告所得額を基礎に計算し、変動が大きい場合は自己前数年の所得を平均する。確定申告していな場合でも請求できる場合あり。
自営業者等の事業所得者の場合、原則、事故前年の確定申告所得額を基礎として後遺障害逸失利益を計算し、所得の変動が大きい場合は、事故前数年の所得の平均額を基礎とします。
確定申告していない場合、相当の収入があると認められるときは平均賃金を参考にして基礎収入が認められることがあります。確定申告無しに現実の収入を基礎収入と認められるためには、相当確実な資料を集める必要があります。
〈弁護士による解説〉
後遺障害逸失利益
後遺障害が残ったことによって労働に支障が生じ、将来得られるはずであった収入が得られなくなってしまったために失われる利益のことを後遺障害逸失利益といい、将来的な収入の減少を損害として加害者に請求できます。
後遺障害逸失利益は次の計算式により求められます。
「基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対するライプニッツ係数」
基礎収入とは、もし事故に遭わなければ将来得られたであろう収入です。将来の収入がいくらになるかは仮定の話にならざるをえませんので、原則として事故前年の収入を基準としますが、例えば若年者は現在(事故前年)の収入が低額であることが多く、将来の収入まで現在の収入を基準とすることは不合理であることから、賃金センサスの全年齢平均を基準とするなど、事案に即して判断されます。
労働能力喪失率とは、被害者に後遺障害が残った場合に労働能力がどの程度失われたかをパーセンテージで認定するものです(後遺障害等級1級の場合は100%、10級の場合は27%など)。
労働能力喪失期間は、原則として症状固定時から67歳までの期間とされます。
ライプニッツ係数は、中間利息を控除するための計算方法です。後遺障害逸失利益の損害賠償金は、将来損害(収入減少)が発生する都度相手方から受領するのでなはなく、一時金として、将来長期間にわたって発生する損害の全てを一度に受領することから、中間利息(将来受領すべきお金を前払いしてもらう場合に本来の受領時まで発生する利息)を控除する必要があるためです。
事業所得者の基礎収入
確定申告所得額による認定が原則
事業所得者(農林・水産業者、商工業者、自営業者、プロスポーツ選手、ホステスなど)の基礎収入は、原則として、事故の前年度の確定申告所得額によって認定されます。
所得額の変動が大きい場合は、事故前数年度の所得の平均額によります。
確定申告書控え及びその添付書類(青色申告の場合は所得税青色申告決算書の控え、白色申告の場合は収支内訳書の控え)などが証拠資料となります。
無申告の場合
確定申告していない場合、現実の収入を基礎収入として認定されるためには、相当確実な立証が求められます。
所得を裏付ける預貯金通帳の取引履歴や伝票、領収書等の資料の提出に加えて、それらの信用性を具体的に主張立証する必要があります。
平均賃金を参考に基礎収入が認められる場合もある
確定申告をしていなくても、他の証拠資料から相当の収入があったことが認められる場合には、平均賃金などを参考にして基礎収入が認められる場合があります(名古屋地判平成10年8月7日交民31巻5号1515頁)。
確定申告上の所得金額より高い基礎収入が認められる場合も
極端に少ない所得金額で申告しており生活実態に見合っていない場合に、実態に応じて確定申告上の金額より高い基礎収入を認めた事例(東京地判平成12年6月3日)や、独立開業したばかりで直近の所得が少ない場合に、独立前の会社の退職時の年収(2200万円)を基礎収入と認めた事例(京都地判平成12年1月27日)などもあります。
家賃・地代収入などの資本収入は逸失利益算定の基礎収入とならない
逸失利益は労働能力の喪失を問題とすることから、労働の対価としての収入ではない家賃や地代といった資本利得は、基礎収入から除外されます。
もっとも、不動産管理業(修繕、集金等の業務)を被害者自ら行っている場合には、一部が労働の対価と認められる場合もあります(横浜地判平成17年5月16日自保1636号16頁)。
個人企業経営者の事業収益に家族や従業員の貢献がある場合
個人企業では、家族や従業員の労働が事業収益に寄与している場合があり、このような場合には、個人事業の事業収益の全額を基礎収入と認めることは適切でないことから、事業収益における被害者(経営者)の労務等の個人的寄与割合によって算定します(労務価値説・最判昭和43年8月2日民集22巻8号1541頁)。
寄与割合の認定にあたっては、事故前後の経営・収支・営業状況、業種・業態、事業規模、事業所得者の職務内容、稼働状況、家族や他の従業員の関与の程度・給与額、代替労働力の雇用の有無などが総合考慮されます。
就労可能年数
事業所得者のうち、プロスポーツ選手やホステスなどの職業の場合、就労可能年齢の67歳まで続けることが困難であったり、収入の変動が激しいなど、事故時の収入を基礎として全期間を計算することが妥当でないケースがあります。
例えば、プロサッカー選手は20~30代が活躍のピークで収入が高く、40代以降は一線から退いてピーク時より収入が減少することが多いため、ピーク時の収入を基礎として全期間を計算することは妥当でないでしょう。
そのような場合には、経験則、統計、社会通念などによって、一定の年齢以降は平均賃金などを基礎として計算することがあります。
裁判例(広島地判平成17年9月20日判時1926号117頁)では、A1クラス所属の競艇選手(男性、45歳、事故前三年間の平均年収2204万円)の交通事故による後遺障害逸失利益が問題となった事例で、48歳から55歳までは競艇選手の平均年収より50%高額の1642万円を、55歳から67歳までは賃金センサス男子労働者の対応年齢の平均年収を基礎として逸失利益を計算しており、参考になります。
まとめ
事業所得者の逸失利益を計算する場合、原則として事故前年(所得の変動が大きい場合は事故前数年の平均)の確定申告所得額を基礎としますが、確定申告していない場合でも、適切な資料を揃えるなどして、現実の収入や平均賃金を参考にした基礎収入が認められる場合があります。
事業所得がある方で交通事故の後遺障害による逸失利益でお困りの方は、弁護士にご相談ください。