高次脳機能障害が自賠責で非該当!裁判で後遺障害が認められることはあるの?
〈質問〉高次脳機能障害で自賠責の認定と裁判で違う結果になることはある?
高次脳機能障害で自賠責保険に後遺障害認定の申請をしたところ,非該当とされてしまいました。裁判でも認められないのでしょうか?自賠責保険と裁判で高次脳機能障害の認定が違う結果になることはあるのでしょうか?
〈回答〉自賠責で非該当とされたものの,裁判で認められた例があります。
高次脳機能障害につき、自賠責保険の後遺障害等級認定では、後遺障害に該当されないと判断されたものの、裁判で後遺障害として認められた例があります。
〈裁判例〉大阪高判平成21年3月26日交民42巻2号305頁 (原審 大阪地判平成19年10月31日)
事案の概要
加害者が運転する普通貨物自動車が、センターラインを越えて反対車線に侵入し、反対車線を進行していた被害者(大工の男性・症状固定時53歳)が運転する通貨物自動車と衝突して、被害者が頭部挫創等の傷害を負った交通事故。被害者は高次脳機能障害を訴えましたが、画像上の異常所見がなかったこと等から自賠責保険が後遺障害と認めず、裁判となりました。
自賠責保険の後遺障害認定
自賠責保険は、被害者に高次脳機能障害を認めませんでした。
被害者には、画像上、前額部に創傷は認められるものの、外傷性脳内病変は見られず、脳萎縮も年齢相応の他には萎縮の進行も認められないことから、外傷に起因する異常所見はないものと捉えられること、また、治療経過上からみれば、A病院脳神経外科の終診日から、B脳神経外科受診まで11か月の中断があること等が理由として挙げられています。
裁判所の判断
裁判所は、被害者に後遺障害等級9級相当の高次脳機能障害を認めました。
先ず、自賠責保険の認定について、裁判所は次のように判断しています。
「確かに自賠責保険における一律的、画一的な高次脳機能障害の認定においては、・・・客観的な基準(☆1)を重視し、異常所見を必要とすることは有効ではあるが、・・・、CT、MRI、PET検査によって器質的損傷のデータが得られない場合でも脳外傷と診断すべき少数の事例があるとする高次脳機能障害における医学的所見もあることに照らせば、総合的な判断(※2)により、高次脳機能障害を認定することができることが十分に可能な本件においては、現在の医療検査技術のもとで被害者に脳の器質性損傷を示す異常所見が見あたらないからといって、本件事故後の被害者の症状が脳の器質性損傷によることを否定することは相当ではない。」
☆1 自賠責保険の認定における「客観的な基準」とは、次のような基準です。
① 初診時に頭部外傷の診断があること
② 頭部外傷後に一定レベルの意識障害があったこと
③ 経過診断書または後遺障害診断書に、高次脳機能障害・脳挫傷・びまん性軸索損傷・びまん性脳損傷等の記載があること
④ 経過診断書または後遺障害診断書に③の高次脳機能障害等を示唆する具体的な症例が記載されていること、またWAIS-Rなど各種神経心理学的検討が施行されていること
⑤ 頭部画像上、初診時の脳外傷が明らかで、少なくとも3か月以内に脳室拡大・脳萎縮が確認されること
裁判所は、自賠責保険が画像上の異常所見を重視することを肯定しながら、他方で判決では必ずしもそれにとらわれずに、総合的判断によって高次脳機能障害を認定することができるとする立場をとっているようです。
☆2 裁判所が示した「総合的判断」の中身は、要約すると次のとおりです。
「被害者は、本件事故により頭部に極めて大きな外力を受けて頭部外傷の傷害を負ったこと、その結果、本件事故後の被害者には、意識喪失が生じ、比較的早期に意識回復したとはいうものの、見当識障害があり、意識清明に戻るには一定の時間を要したこと、被害者の本件事故後の症状は、典型的な高次脳機能障害症状を呈しており、高次脳機能障害と認定しても全く矛盾がないこと、本件事故前の被害者には、器質性であるか非器質性であるかを問わず、精神障害はなく、知能が普通よりも高目と見られたのに、本件事故後の知能検査の結果では、ほぼ正常の範囲内にあるものの軽度の知的障害も認められること、本件事故後2回にわたって行われたSPECT検査では、軽度ではあるが脳血流の低下が認められていること、本件事故後に被害者を長期間にわたり治療して認知リハビリにあたった医師は、被害者の本件事故後の症状を高次脳機能障害と診断して後遺障害診断書に記載していることが認められる。これに対し、本件事故後の被害者に本件事故による以外の原因として、器質性であれ非器質性であれ精神障害が発生したことを認めるに足りる証拠は存在しない。以上を総合して考えると、・・・各検査で異常所見が認められていないことを考慮しても、被害者の本件事故後の症状は、高次脳機能障害の症状であると認めることができ、これは本件事故によって発生したと認められる」。
そして、以下の事情を考慮して、後遺障害等級9級相当と判断されました。
「被害者には、高次脳機能障害としての認知障害、行動障害及び人格変化による社会的な行動の障害が存在し、これにより、被害者は、それまで売上に変動こそあったものの、事業として継続していた建物建築請負業を本件事故後に廃業せざるを得なくなり、その後、一旦は就職したものの、高次脳機能障害特有の症状により結局は退職せざるを得ず、その後は稼働できていないことが認められる。そして、被害者は、建築士資格のある住宅建築経験豊富な技術者として工事現場での技術的指導員(現場監督)として採用されたものの、本件事故により被害者に生じた高次脳機能障害が残存していることにより、被害者は、作業の手順が悪い、約束を忘れる、ミスが多いなどの理由から、上司は、現場の清掃作業を複数箇所指示することさえできず、1箇所しかさせられない状況であり、期待された作業を行うことができず、退職に追い込まれたことが認められる。・・・被害者は、神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限される状態にあり、後遺障害等級9級の精神障害が残存した状態にあると認めるのが相当である。」
まとめ
今回ご紹介した裁判例は、被害者にCT・MRI画像で異常所見が認められず、自賠責保険が画像上の異常所見を重視して後遺障害の有無を判断しているために、自賠責保険では後遺障害と認められなかったものの、裁判所は、画像上の異常所見がなくとも、事故態様や治療状況、被害者の事故前後の状況などから「総合的判断」をして高次脳機能障害を認定できるとして、後遺障害等級9級相当と認めました。
このように総合的判断による高次脳機能障害の認定が妥当であるかどうかは、立場によって見解が分かれるところですが、被害者側としては、画像上の異常所見が無くても裁判で認められる可能性があるということを知っておくべきでしょう。
交通事故による高次脳機能障害でお困りの方は、弁護士にご相談されることをお勧めいたします。