交通事故コラム

クリープ現象による追突でのむち打ちで損害賠償請求された!

〈質問〉 軽微な交通事故で100日超の通院?

 先日、名古屋市内で車を運転して赤信号で停車中に、ごみを拾おうとして足元に手を伸ばしたところ、ブレーキペダルを踏んでいた足が緩んで、クリープ現象で車が前進し、私の車から2~3メートル前方で信号待ちしていた車に追突してしまいました。
 互いの車に損傷はほとんどなく、私の車はナンバープレートが若干曲がった程度で、相手の車は後部バンパーにわずかな接触痕が残った程度でした。
 私自身も怪我はなく、わずかの修理費用の支払いで済むかと思ったのですが、相手の方が今回の事故でむち打ち症となり、100日超通院したと主張して治療費や慰謝料などの損害賠償請求をしてきました。
 私は相手の主張する怪我についての損害額を支払わなければならないのでしょうか?

〈回答〉 軽微物損の事故では、受傷自体が否定されることも。

 軽微物損の事故において、被害者が受傷したと主張して損害賠償請求訴訟を提起した場合に、受傷自体が認められないとして請求が棄却されることがあります。
 質問の事案も、クリープ現象による極めて低速度かつ短い距離(2~3メートル)を動いての衝突であるという事故態様や、追突車両のナンバープレートが若干曲がっただけで被追突車両もバンパーのわずかな接触痕のみという車両の損害状況などから、被追突車両に加わった衝撃力はごく小さいものであり、被害者にむち打ち症が発症したとは認められない(損害賠償請求を認めない)と判断される可能性があります。

〈弁護士による解説〉

軽微物損の事故

 物的損害が軽微な事故の場合、事故によって受傷したと主張して訴えても、受傷の事実が認められないと判断されることがあります。自動車保険実務では、「受傷疑義」事案ともいわれます。

クリープ現象による受傷

 軽微物損の事故の具体例として挙げられるのが、クリープ現象による追突事故です。
クリープ現象とは、AT(オートマチック)車で、エンジンがアイドリング状態にあるとき、アクセルペダルを踏むことなく車がゆっくりと動く現象をいいます(MT(マニュアル)車では起こりません)。
 信号待ちの車列に並んでいて、何らかの事情で足がブレーキから離れてしまい、クリープ現象で車がゆっくりと動き出し、すぐ前の車に追突するというような態様の事故は、決して珍しくはありません。
 このような態様での事故は、そもそも停止していた車が、クリープ現象でゆっくりと動き始めて、わずかの距離を動いたのみで追突していることから、追突車の側の速度は時速数km程度であり、被追突車の車に加わる衝撃もごくわずかと考えられます。
 ごくわずかの衝撃で被追突車に搭乗していた人が受傷するとは考え難いことから、その受傷の有無が争われることとなります。

裁判例

 クリープ現象による追突事故で外傷性頸部症候群(むち打ち症)の発症の有無が争われた裁判例があります。
 宇都宮地判平成27年4月28日自保ジャーナル1959号40頁
(控訴審の東京高判平成27年9月17日交民48巻5号1069頁も原審の判断を支持。)

【事例】

 交差点手前で赤信号のため停止していたA車両の後部に被告車両の前部が追突。被告車両は、A車両の約2.7メートル後方に信号待ちのため停車していたが、被告が助手席に置いてあった荷物を探すことに気を取られているうちに、不意にブレーキペダルから足が浮いてブレーキを緩めてしまい、クリープ現象により前進してA車両に追突した。被告は、衝突の衝撃を感じて、即座にペダルの上に足を置いていたブレーキを踏んで停止した。A車両の助手席に乗車していた原告が、頚椎挫傷等で100日超通院したとして、被告相手に損害賠償請求訴訟を提起。

【裁判所の判断】

結論:原告が受傷した事実は認められない(原告の請求棄却)。

〇衝突によってA車両に加わった衝撃力がごく小さなものであったこと
 『被告車両は、クリープ現象による微速走行中に停車中のA車両の真後ろに追突してすぐさま停止したものであり、車両の損傷状況を見ても、被告車両の接触部位であるナンバープレートが幾分か折れ曲がったこと以外には、両車両に目立った損傷は生じておらず、衝突による衝撃の程度はごく小さかったものと推認できる。証拠によれば、車両の変形・破損状況又は部品の変形状況から衝突時の走行速度を推定する際、フロントバンパーだけが損傷した場合は時速5キロメートルであるとされ、また、時速1.5~2キロメートルの場合には、バンパーのカバー、フェイス、モール部等に接触痕のみが生じて変形・破損は生じない、時速3.5~4キロメートルの場合には、リンホースメントは変形するが、バンパーステーまでは変形は及ばない、時速4~5キロメートルの場合には、リンホースメントの変形、パンパーステー取付部の変形・破損が生じるという自動車工学上の知見が認められるところ、上記被告車両の損傷状況に照らすと、比較的柔らかいナンバープレートが折れ曲がっただけで、バンパー等には目立った損傷が確認できなかったのであるから、被告車両の事故時の走行速度は、せいぜい時速2~3キロメートル程度であったものと合理的に推認することができ、衝突によってA車両に加わった衝撃力がごく小さなものであったことを客観的に裏付けるものであるといえる。』

〇原告の主張する症状に他覚所見がなく、整骨院での治療が医師の指示や了解に基づくものでないこと
 『原告は、本件事故の翌日に医療機関を受診し、頸椎挫傷、両肩挫傷、腰椎挫傷の診断がされているところ、これらの症状は、いずれも他覚的な所見が認められなかったものであり、専ら原告の愁訴を根拠として診断名が付されたものと考えられる』『本件事故によってA車両に加わった衝突の衝撃力は非常に微弱なものであったと推認できるところ、このような極めて小さな追突の衝撃を受けたことをもって、シートベルトを着用して普通の姿勢で乗車していた原告が首、肩、腰の広範囲にわたって受傷するような事態が生じたものとはにわかに考え難い』『整骨院での治療が医師の指示や了解に基づくものではなく、患者の自覚症状の申告のみで治療を開始し、長期間通院を継続することが可能であることも併せて考えると、一層不合理であるといわなければならない。』

受傷の有無の判断要素

 上記裁判例においては、以下の事情が考慮された結果、受傷が否定されたものと考えられます。
・加害車両が停止状態から前進を始めて追突するまでの距離
・車両の損傷状況、痕跡
・衝突時の速度
・怪我の診断内容
・受傷態様

まとめ

 今回は、クリープ現象での追突事故の被害者がむち打ち症での長期間の通院を主張して訴訟で争ったものの、事故による受傷とは認められないと判断された裁判例をご紹介しました。事故が軽微である場合には、痛みを訴えても、加害者の保険会社が受傷疑義事案として取り扱って、一括対応してもらえなかったり、治療費などの損害の支払いを拒むといった対応をされることがあります。追突事故の被害に遭われた方や、追突事故を起こしてしまい被害者から不当な請求を受けているなどお困りの方は、弁護士にご相談ください。