交通事故コラム

素因減額って何?減額の割合や裁判例も教えてください。

〈質問〉 過去の事故でむち打ち症の後遺障害認定された被害者が再び事故でむち打ちとなった場合、過去の後遺障害認定は影響する?

 先日名古屋市内で車を運転して、交差点の赤信号で停止していたところ、後ろから前方不注意の車に追突されてむち打ち症になり後遺障害の診断を受けました。実は、私は10年前にも追突事故に遭っており、その時もむち打ちで後遺障害の診断を受けているのですが、事故の相手方の保険会社と交渉中に、その担当者から、私の今回のむち打ちの後遺障害は10年前の事故が原因であるとして、今回の事故の後遺障害とは認められないと言われてしまいました。10年前のむち打ちの後遺障害が、今回の事故の後遺障害による損害賠償請求に影響することはあるのでしょうか?

〈回答〉 今回の事故により症状が再発又は悪化したと認められれば損害賠償請求は認められる。ただし、素因減額される可能性有。

 過去の事故と同一部位を受傷した場合、その傷害が過去の事故によるものなのか、今回の事故によるものなのかという問題が生じます(因果関係)。さらに、今回の事故によって症状が再発又は悪化したとして因果関係が認められる場合でも、過去の傷害の影響があると認められる場合には、素因減額により損害賠償額が減額される可能性があります。
質問の事例と同種の事例で、今回の事故との因果関係を肯定しつつ、今回の事故の後遺障害の発症又は悪化には過去の事故を原因とする後遺障害の影響が認められるとして3割の素因減額を認めた裁判例があります(東京地判平成26年11月18日交民47巻6号1415頁)。

〈弁護士による解説〉

過去の事故と同一の部位を受傷した場合の問題(因果関係)

 交通事故により受傷して事故の相手方に損害賠償請求する場合、請求できる損害の範囲は、その事故によって発生した損害に限られます。すなわち事故と傷害との間に因果関係が認められる必要があります。
 例えば、事故で足を怪我したために、徒歩での通勤が困難となってタクシー通勤をしてタクシー代を損害として請求する場合は、事故との因果関係が認められると考えらますが、事故で手を怪我して、徒歩通勤をタクシー通勤にかえてタクシー代を損害として請求する場合は、手を怪我しても徒歩通勤に影響はないと考えられることから、因果関係が否定されます。
このように、事故と無関係の損害を相手方に請求することは認められません。
過去の事故と同一の部位を受傷した場合、今回の事故と因果関係のある損害と認められるためには、今回の事故によって症状が再発したとか、過去の事故のときよりも症状が悪化したと認められる必要があります。

素因減額

 さらに、過去の事故による損害が今回の事故による損害に影響を及ぼしていると認められる場合には、素因減額により損害賠償額が減額されることがあります。

素因減額とは

 素因とは、被害者が事故前から有していた心因的要因及び身体的要因をいい、損害の拡大に被害者の素因が寄与している場合に、公平の見地から損害賠償額を減額すること(民法722条の過失相殺の規定を類推適用)を素因減額といいます。
 心因的要因とは、広義の心因性反応を起こす神経症一般のほか、賠償神経症や症状の訴えに誇張があるような被害者帰責と評価できる場合も含むものとされています。
 身体的要因とは、身体的な疾患であり、疾患に当たらない身体的特徴(首が長いなど)を理由として素因減額されることは原則として許されないものと考えられています(最判平成8年10月29日民集50巻9号2474頁)。

 むち打ち症の事案では、被害者に後縦靭帯骨化症、脊柱管狭窄、椎間板ヘルニアなどの既往症や既存障害がある場合に、そのような身体的要因による減額が問題とされることが少なくありません。
 冒頭の質問のケースも、被害者に10年前の交通事故による同一部位(頸椎)の後遺障害が認められることから、今回の事故による後遺障害が認められる場合でも、なお10年前の事故による後遺障害が影響していると認められる場合には素因減額される可能性があります。

裁判例 東京地判平成26年11月18日交民47巻6号1415頁

【事例】

 原告が運転する車両に被告が運転する車両が追突(本件事故)。原告は、頚部痛等で医師から後遺障害診断を受けたものの、自賠責保険の後遺障害認定手続で後遺障害非該当と判断された。原告は、本件事故の約10年前の交通事故(前回事故)で頸部を受傷し、これに伴う頚部痛等の症状について自賠責保険の後遺障害認定手続で14級9号の認定を受けていたところ、本件事故の自賠責保険で後遺障害非該当とされた理由の一つとして、前回事故による既存の障害を加重したものとは捉えられないことが挙げられていた。そこで、原告は頸部痛等の後遺障害を主張して訴訟提起した。

【裁判所の判断】

〇原告には、本件事故により頸部痛等の後遺障害が生じ、その程度は後遺障害等級表14級9号に相当すると認められる。
 原告は、前回事故により本件事故と同一の部位である頚部を受傷し、後遺障害が認定されているものの、前回後遺障害が、後遺障害等級表14級9号相当の軽微な神経症状であったこと、前回事故から本件事故までに10年以上が経過していること、本件事故前、原告に本件事故後と同様、同程度の頚部痛等の症状があったと認めるに足りる証拠はないことを総合すると、本件事故時には、前回後遺障害はかなり軽減していたものであり、本件事故により症状が再発又は悪化したものと認めるのが相当である。

〇3割の素因減額が相当。
 本件事故による受傷部位と前回事故による受傷部位が同一であることからすると、原告の本件事故による傷害、後遺障害の発症又は悪化には、前回後遺障害の影響があるものと認められるから、当事者の公平の観点により、3割の素因減額をするのが相当である。

まとめ

 今回は、過去の事故と同一箇所を負傷した場合に起こりうる法的問題について解説しました。交通事故においてむち打ちの事案は数多くあり、車を使う機会が多い方であれば、複数回被害に遭われる方も決して少なくないでしょう。
 過去の事故でむち打ちの後遺障害認定を受けている場合、今回の事故のむち打ちの後遺障害認定に影響する可能性がありますし、素因減額を加害者が主張して争いとなることもありえます。
 交通事故によるむち打ち症などでの後遺障害の被害に遭われた方は、一度弁護士にご相談されることをお勧めいたします。