高次脳機能障害とその認定基準
高次脳機能障害
高次脳機能
人が生まれながらに備えている能力(視覚・聴覚などの感覚や、筋の収縮・関節の屈伸などの運動など)を超えて、次第に学習して身につく、言語、空間認知、対象の認知、目的を持った動作、記憶、計画的な行動等の高度な機能を高次脳機能と呼びます。
脳外傷による高次脳機能障害
事故により脳外傷(脳損傷)が発生した被害者について、その回復の過程で生じる認知障害や人格的変化などの症状が、外傷の治療後も残存し、就労や生活が制限され、時には社会復帰が困難となる障害を高次脳機能障害と呼びます(赤い本(下)2018年版143頁)。
高次脳機能障害は「器質性」(脳に損傷が認められる)の障害であり、脳に損傷が認められないものの精神障害を発症する「非器質性」の精神障害と区別されます(非器質性の精神障害は自賠責で後遺障害認定の対象とされる脳の受傷に含まれません)。
交通事故で脳に損傷を受けて意識不明となった被害者が、治療の結果意識を回復してリハビリ等を経て社会に復帰したものの、事故前と比較して、記憶などの認知に異常があったり、周囲の状況に応じた行動ができなかったり、怒りやすくなるなど性格や人格が変化したような場合には、高次脳機能障害の後遺障害が疑われます。
高次脳機能障害の症状
脳外傷による高次脳機能障害は、脳外傷後の急性期に始まって、多少軽減しながら慢性期へと続くもので、次のような特徴があります(損害保険料率算出機構HP「自賠責保険における高次脳機能障害認定システムの充実について」(報告書)2018年5月31日)。
典型的な症状
認知障害
記憶・記銘力障害、注意・集中力障害、遂行機能障害などで、具体的には新しいことを覚えられない、気が散りやすい、行動を計画して実行することができない、複数のことを同時に処理できない、話が回りくどく要点を相手に伝えることができないなどです。
行動障害
周囲の状況に合わせた適切な行動ができない、職場や社会のマナーやルールを守れない、行動を抑制できない、危険を予測・察知して回避的行動をすることができないなどです。
人格変化
受傷前にはみられなかった発動性低下と抑制低下であり、具体的には自発性低下、気力の低下、衝動性、易怒性、自己中心性などとして現れます。
なお、以上の症状は軽重があるものの併存することが多いとされています。
発生の原因及び症状の併発
上記の認知障害、行動障害及び人格変化は、主として脳外傷によるびまん性脳損傷(※)を原因として発症しますが、局在性脳損傷(脳挫傷、頭蓋骨内血腫など)との関わりも否定できません。実際の症例では、両者が併存することがしばしばみられます。
また、びまん性脳損傷の場合、上記の3つの症状だけでなく、小脳失調症、痙性片麻痺あるいは四肢麻痺の併発も多いです。これらの神経症状によって起立や歩行の障害がある事案においては、脳外傷による高次脳機能障害の存在を疑うべきと考えられます。
※びまん性脳損傷
頭部外傷後、意識障害を呈しているにもかかわらず、頭部CT、MRIで明らかな血腫、脳挫傷を認めない病態(大阪市立大学大学院医学研究科脳神経外科学HP「外傷性疾患(びまん性軸索損傷)」)。
時間的経過
脳外傷による高次脳機能障害は、急性期には重篤な症状が発現していても、時間の経過とともに軽減傾向を示す場合がほとんどとされます。従って、後遺障害の判定は、急性期の神経学的検査結果に基づくべきではなく、経時的に検査を行って回復の推移を確認すべきと考えられます。しかし、症例によっては、回復が認めにくく重度な障害が持続する場合もあります。
社会生活適応能力の低下
上記3つの症状が残存した場合、社会生活への適応能力が様々に低下することが問題です。社会生活適応能力の低下は就労や就学などの社会参加への制約をもたらすとともに、人間関係や生活管理などの日常生活活動にも制限をもたらします。重症者では介護を要する場合があります。
見過ごされやすい障害
脳外傷による高次脳機能障害は、種々の理由で見落とされやすいとされます。例えば、急性期の合併外傷のために診察医が高次脳機能障害の存在に気付かなかったり、家族・介護者は患者が救命されて意識が回復した事実によって他の症状もいずれ回復すると考えていたり、被害者本人の場合は自己洞察力の低下のため症状の存在を否定していたりする場合などがありえます。
高次脳機能障害の認定基準
自賠責保険の高次脳機能障害認定においては、以下の3点を総合的に検討して脳外傷(脳の器質的損傷)の有無が判断されています(赤い本(下)2018年版145~148頁)。
意識障害の有無とその程度
脳外傷による高次脳機能障害は、一般的に意識障害を伴うような頭部外傷後に起こりやすいとされています。意識障害は、事故の外力による(一次性)びまん性脳損傷の場合は事故直後から発生しますが、頭蓋内血腫や脳腫脹の増悪による(二次性)脳損傷の場合は事故から一定期間経過後に深まるという特徴があるとされます。
意識状態の検査に一般的に用いられているのは、JCS(Japan Coma Scale)やGCS(Glasgow Coma Scale)と呼ばれる指標です。
自賠責保険においては、受傷直後に半昏睡~昏睡で開眼・応答しない状態(JCSが3~2桁、GCSが12点以下)が6時間以上継続する場合や、健忘症あるいは軽度意識障害(JCSが1桁、GCSが13~14点)が少なくとも1週間以上続く場合は、脳外傷による高次脳機能障害が残存する可能性があるものとして審査の対象とする取り扱いをしています。
画像所見
自賠責保険で後遺障害認定の対象とされる脳の受傷は、「器質性」(脳に損傷が認められる)の障害であり、脳に損傷が認められないものの精神障害を発症する「非器質性」の精神障害とは区別されますから、この認定のために画像所見は非常に重要です。
CTやMRI画像で継続的観察を行って脳出血像や脳挫傷痕の確認ができれば、外傷に伴う脳損傷の存在が確認されやすいといえます。
また、事故後相当期間経過した時点で、CTやMRIにより脳室の拡大や脳全体の萎縮と外傷後3か月程度での固定が確認できれば、出血や脳挫傷の痕跡が乏しい場合でも、びまん性脳損傷の発症を肯定できるものと考えられており、自賠責保険の障害認定実務においてもこの考え方で運用されているようです。
因果関係の判定
頭部外傷を契機として具体的な症状が発現し、次第に軽減しながらその症状が残存する場合、上記のびまん性脳損傷とその特徴的な所見が認められれば、脳外傷による高次脳機能障害と事故との間の因果関係が認められるとされています。
逆に、頭部外傷がなかったり、頭部外傷があっても通常の生活に戻って、外傷から数か月以上を経て高次脳機能障害が発現し、次第に増額するなどした場合には、外傷とは無関係の疾病が発症した可能性が高いものと考えられています。
自賠責の等級認定基準
弊所ホームページ(https://koutsujiko-nagoya.com/kouishougai/head/)をご確認ください。
まとめ
高次脳機能障害は、その発症の有無自体や障害の程度が争われて裁判となるケースが少なくありません。話し合いがつかず裁判になった場合、裁判所は自賠責保険の等級認定に拘束されることはありませんが、その判断を尊重する傾向にありますから、被害者においては自賠責保険の等級認定において最大限の結果を得られるよう、できる限りのことをする必要があります。特に、受傷直後の脳のMRIやCT画像は非常に重要であり、その後も経時的な脳画像をできる限り入手していくことが重要です。
交通事故で高次脳機能障害の疑いがあるなどお困りの方は一度弁護士にご相談されることをお勧めいたします。