自賠責保険の被害者請求のメリット・加害者請求のデメリットは何?
〈質問〉被害者請求のメリットは?
名古屋の上前津駅の近くで車を運転して信号待ちをしていたところ、後ろから来た車に追突されて頸部(首)を痛めました。病院で頸部のむち打ち症と診断され3か月間通院しましたが痛みが消えません。
弁護士に相談したところ、後遺障害の認定を受けるために被害者請求してみましょう、と言われました。
被害者請求とはなんでしょうか?また、どのようなメリットがあるのでしょうか?
〈回答〉被害者請求は、被害者が加害者の自賠責保険会社に保険金の支払いを直接請求することです。
被害者請求は、被害者が自分で自賠責保険金の請求に必要な書類を集める必要がありますが、後遺障害を訴える場合に、事故の激しさや症状の一貫性などを詳しく説明した意見書を被害者自ら作成して提出するなどして説得的な説明を行う機会があるため、加害者請求よりも実態に即した後遺障害の等級認定を受けられる可能性があります。
〈弁護士による解説〉
「被害者請求」は自賠責保険制度で定められている手続ですが、この言葉を耳にされるケースの多くは、後遺障害の等級が認められるか微妙な事案かと思われます。そこで、自賠責保険制度について簡単にご説明したうえで、被害者請求が具体的に問題になるケースをご説明していきたいと思います。
自賠責保険制度
自賠責保険とは
・・・自動車による人身事故の被害者を救済するために、被保険者(加害者)が自動車損害賠償保障法(以下、「自賠法」といいます。)3条の損害賠償責任を負担することによって、被害者が被る損害につき、一定額を限度として補填する保険。
自動車の所有者は必ず自賠責保険に加入しなければなりません(自賠法5条)。
自動車の運転はそれ自体大きな事故につながる危険性のある行為ですが、私たちの生活に欠くことのできないものですから、広く自動車の運転を認めながら、他方でその危険に備える仕組み(制度)が必要となります。
自賠責保険制度は、国が制度として自動車の所有者を自賠責保険に強制的に加入させることで、交通事故の加害者に資力がなく被害者が救済されない危険に備えるものです。まさに被害者救済のための制度といえます。
自賠責保険の被保険者は加害者
自賠責保険は自動車の所有者等の契約者と自賠責保険会社との間で締結される、事故の加害者を被保険者とする契約です。事故の被害者は契約当事者ではありません。
従って、契約は当事者のみを拘束するものですから、契約の当事者でない被害者は自賠責保険会社に対して直接損害賠償金の請求をすることはできず、事故の加害者に対して損害賠償請求し、加害者は被害者に支払った損害賠償金額を保険金として自賠責保険会社に請求することになります。
被害者請求
しかし、それでは加害者に資力がない場合に、被害者は救済されないこととなってしまいます。自賠責保険制度の目的である被害者救済は果たされません。
そこで、契約の当事者でない被害者に自賠責保険会社への直接の保険金支払請求を認める仕組みが設けられました。これが「被害者請求」(自賠法16条)です。規定されている条文の番号から、「16条請求」とも呼ばれます。
加害者請求
これに対して、加害者が自ら自賠責保険会社に保険金を請求することを「加害者請求」(自賠法15条)といい、「15条請求」とも呼ばれます。
自賠法15条は加害者が被害者に「賠償金を支払ったこと」を請求の要件(停止条件)としているため、被害者に損害賠償金を支払わないうちは保険金を請求できません。支払いが要件ですから、示談などで損害賠償額が確定している必要はありません。
実務上は「一括対応」が一般的
ところで、実務上、被害者請求をする場面というのは実はそれほど多くありません。
というのも加害者が任意保険に加入している場合、任意保険会社が自賠責で本来払われる治療費などの損害額を一括して支払い、後で任意保険会社が自賠責保険会社に清算してもらうという「一括対応」がなされるのが一般的な流れで、被害者に手間がかからないようになっているからです。
被害者請求のメリット
それでは、どのようなときに被害者請求を利用するメリットがあるのでしょうか?
⑴ 後遺障害の等級認定が微妙な事案
これは最初の質問のケースですが、むち打ちに代表される他覚的所見(医師が客観的に観察して身体的異常を確認できること)がない神経症状など後遺障害等級の認定が受けられるか微妙なケースでは、被害者請求のメリットがあります。
一括対応の場合でも、後遺障害がある場合には、任意保険会社は後遺障害の損害にかかる保険金を支払う前に、その後遺障害の等級認定を中立的な機関である損害保険料率算出機構の自賠責損害調査事務所に申請し、その認定結果に基づいて後遺障害保険金を支払います。これを「事前認定」といいます。
事前認定は、加害者の任意保険会社が後遺障害等級認定の申請手続を行いますので、被害者は申請手続に必要な書類を自ら集めて提出する必要がなく、手間がかかりません。
しかし、加害者の任意保険会社は自賠責損害調査事務所が後遺障害等級認定をするにあたって必要な書類しか提出しませんから、例えば、詳細な事故状況や、被害者が後遺障害によって日常生活にどのような支障が生じているか、また症状固定後の通院実績など、任意保険会社が提出する資料ではわからない事情がある場合に、それらが考慮されずに等級認定されて、被害者にとって納得できない等級認定をされるおそれがあります。
医師の後遺障害診断書の記載などから問題なく等級認定が見込まれるケースでは、殊更被害者請求による必要はありませんが、認定が微妙な事案においては、被害者が自ら事故の詳細な状況や症状の継続・一貫性等を意見書にまとめて他の資料と共に提出することで、自賠責損害調査事務所にしっかりと事情を把握してもらうことができ、被害の実態に即した等級認定が期待できます。被害者自ら資料を集めて提出することで、その結果である等級認定に納得感を得やすいこともメリットの一つといえるでしょう。
⑵ 示談成立前に保険金を受領できること
事前認定で後遺障害の等級を認定されても、加害者の任意保険会社は示談がまとまるまで保険金を支払いません。この点、被害者請求であれば、自賠責保険会社から直ちに自賠責基準で保険金の支払いを受けることができ、示談の成立を待つ必要がありません(自賠責基準を超える損害は加害者の任意保険会社に請求します)。
⑶ 被害者に過失がある場合
被害者に過失がある場合、加害者の任意保険会社は過失割合に応じて減額した保険金しか支払いません。
これに対して自賠責保険は被害者の過失割合が7割未満のときは減額せずに(自賠責基準ではありますが)保険金を支払いますので、過失事故の場合は加害者の任意保険会社に請求する前に自賠責保険会社に被害者請求する方がよいとされます。
なお、被害者の過失割合が7割以上8割未満のときは2割減額、8割以上9割未満のときは3割減額され、9割以上10割未満では5割減額されます。
まとめ
交通事故の被害に遭われると、すぐに加害者の任意保険会社から連絡があって、任意保険会社から病院にお金を支払ってもらい、治療を終えると加害者の任意保険会社から保険金額を提示されて、金額が適正かどうかもわからないまま書面にサインして示談を終える方が多いと思われます。このような一括対応は被害に遭われた方にとって手間のかからない便利なものである反面、加害者の任意保険会社にイニシアチブを取られてしまい、適正な損害額の賠償を受けられないおそれがあります。交通事故に遭われた方は一度弁護士に相談されることをお勧めします。