労災保険は利用した方がいい?
〈質問〉交通事故で労災保険を使う場合のメリット・デメリットは?
通勤中に交通事故に遭いました。会社から労災保険が利用できると聞きましたが、利用した方がよいのでしょうか?事故の相手に損害賠償請求する場合、労災保険から受け取った金額を差し引いた金額しか請求できないのでしょうか?
〈回答〉労災保険は利用した方がよい。労災保険給付は原則損害賠償額から控除されるが、休業特別支給金などは控除されない。被害者に過失がある場合に労災保険を利用した方が受け取れる金額が多くなることがある。
被害者が業務中や通勤中に事故に遭うと、労災保険を利用することができます。労災保険を利用して保険金の給付を受けると、最終的に加害者から賠償を受けるときに、労災保険から給付を受けた分を控除した金額となります(損益相殺)が、労災保険からの給付のうち休業特別支給金などは控除されませんし、被害者に過失がある場合に労災保険を利用した方が受け取れる金額が多くなることがありますので、積極的に利用した方がよいでしょう。
〈弁護士による解説〉
労災保険の利用
労災保険の給付
業務上や通勤中に交通事故に遭った場合、被害者は労災保険から保険給付を受けることができます(労働者災害補償保険法)。
受けられる給付の種類
業務上災害については、療養補償給付、休業補償給付、障害補償給付、遺族補償給付、葬祭料、傷病補償年金、介護補償給付、二次健康診断等給付の8種類の給付が受けられ、通勤災害については、療養給付、休業給付、障害給付、遺族給付、葬祭給付、傷病年金、介護給付の7種類の給付が受けられます。
現物給付が受けられる
療養給付や療養補償給付では、労災病院や指定医療機関・薬局などで無料で治療や薬剤の支給などが受けられる現物給付(療養の給付)のほかに、労災指定以外の医療機関や薬局などで療養を受けた場合に、その療養にかかった費用を被害者がいったん全額医療機関に支払い、後日その金額を労働基準監督署長に請求して費用の支払いを受けることもできます(療養の費用の支給)。
なお、労災保険を使用する場合には健康保険は使用できません。
健康保険を利用する場合、自己負担分をいったん医療機関に支払ったうえで加害者に請求することになるため、持ち出しが生じますが、労災保険は現物給付を受ければ持ち出しは生じませんので、労災保険のメリットといえます。
特別支給金
また、上記給付の他に、社会復帰促進等事業から支給される特別支給金(休業した場合に給付される休業特別支給金、傷病特別支給金、傷病特別年金、障害が残った場合に給付される障害特別支給金、障害特別年金・障害特別一時金、死亡した場合に給付される遺族特別支給金、遺族特別年金、遺族特別一時金など)があります。後述しますが、特別支給金は損益相殺の対象とならないため、これも労災保険のメリットといえます。
労災保険による給付と加害者への損害賠償請求の関係
労災から給付された金額は控除される
労災保険を利用して保険金の給付を受けた場合、給付を受けた額を損害額から控除(「損益相殺」といいます。)した金額を加害者に請求することができます。
例えば、交通事故による損害として、治療費用40万円、休業損害20万円、慰謝料40万円(以上損害額合計100万円)が発生しており、労災保険から治療費用40万円と休業損害10万円(以上労災給付額合計50万円)の給付を受けている場合、加害者に請求できる金額は損害額100万円から労災給付額50万円を控除した残額の50万円となります。
特別支給金は控除(損益相殺)の対象外
ただ、社会復帰促進等事業から支給される特別支給金については、損害額から控除されません(損益相殺されない)ので、加害者からの賠償とは別に受給することができます(最判平成8年2月23日民集50巻2号249頁)。
被害者に過失がある場合も有利になることが多い
さらに、被害者に過失がある場合、労災保険を利用すると、利用しない場合と比較して、被害者が受け取ることのできる金額が多くなることがあります。
上記のとおり、労災保険を利用して保険金の給付を受けた場合、給付を受けた額を損害額から控除(損益相殺)した金額を加害者に請求できますが、この控除は、労災から受けた給付と同一性がある損害費目の限度内で行われるため(最判昭和58年4月19日民集37巻3号321頁、最判昭和62年7月10日民集41巻5号1202頁)、労災から治療費の給付を受けた場合、慰謝料や消極損害(休業損害、逸失利益)からは控除されません。
例えば、被害者に治療費100万円、慰謝料100万円の合計200万円の損害が生じており、被害者に3割の過失がある場合を考えてみましょう。
労災保険を利用しない場合、被害者は加害者に対して損害合計200万円の過失3割分60万円を控除した140万円を請求でき、この140万円が被害者が受け取ることのできる金額です。
これに対して、労災保険を利用して治療費100万円全額の給付を受けている場合、加害者に請求できる治療費70万円(治療費全額の100万円から過失3割分の30万円を控除)から既に労災から給付を受けた100万円を控除することになり、30万円余分に支払われていることになりますが、この30万円は慰謝料から控除できません。被害者は加害者に対して慰謝料100万円から過失3割分の30万円を控除した70万円を請求でき、被害者は労災からの治療費100万円の給付とあわせて170万円を受け取ることができます。
このように、労災保険を利用した場合、利用しない場合と比較して、被害者が受け取ることのできる金額が多くなることがありますので、積極的に利用したほうがよいでしょう。
損益相殺と過失相殺の先後関係
なお、被害者に過失がある場合に、損益相殺と過失相殺の先後関係が問題となるところ、労災保険は損害額から過失相殺をした後に保険給付額を控除する扱いがされます(最判平成元年4月11日判時1312号97頁)。
これに対して、健康保険の場合は、損害額から保険給付額を控除した残額について過失相殺されるため、この点をとらえれば労災保険より被害者に有利といえますが、上記のとおり労災保険では損害費目をまたいだ損益相殺がないため、労災保険の方が被害者に有利となる場合が多いといえます(すべての場合について健康保険より労災保険を利用した方が有利であると言えない場合もありえますので、詳細は弁護士にご相談ください)。
まとめ
労災保険を利用すれば、治療費の持ち出しがなく、単に加害者に損害賠償請求するよりも多い金額を受け取ることができる可能性もありますので、積極的に利用してください。