交通事故コラム

事故と無関係の原因で死亡した場合の後遺障害逸失利益はどうなる?

心筋梗塞 死亡 交通事故

〈質問〉事故で後遺障害が残った被害者が事故と別の原因で死亡した場合、後遺障害逸失利益は死亡時までしか認められない?

 外装工事業を営んでいる夫(事故当時40歳)が2年前に交通事故に遭い、右足関節の機能障害などで昨年後遺障害等級併合6級の認定を受けましたが、先日事故と無関係の急性の心筋梗塞で亡くなりました。夫はまだ30年ちかく働けたはずですが、交通事故の相手の保険会社は、後遺障害逸失利益について、心筋梗塞による死亡時までの後遺障害逸失利益しか賠償しないと言っています。これは正しいのでしょうか?

〈回答〉事故時に既に近い将来死亡が予想されるなどの特段の事情がない限り、就労可能期間までの逸失利益の賠償が認められます。

 交通事故の被害者に後遺障害が残存したものの、その後交通事故と無関係の原因で被害者が死亡した場合、後遺障害逸失利益の算定において、原則として死亡は考慮されず、就労可能期間である67歳までを基準に計算されます。例外的に、交通事故の時点で死亡の原因となる具体的事由が存在し、近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がある場合には、死亡の時点までを基準に計算されることになります。
 質問の事例では、心筋梗塞の原因が事故時に存在して近い将来死亡することが客観的に予測されていたような事情がない限り、原則通り就労可能期間の67歳までの後遺障害逸失利益の賠償が認められます。

〈弁護士による解説〉

後遺障害の逸失利益

後遺障害逸失利益とは

 後遺障害とは、本来は治療によって治癒・軽快するはずの怪我が、治癒・軽快せず、適切な治療をもってしてもその障害が将来に向かって残存する状態のことをいい、その状態となった時点を症状固定と呼んで、その時点で後遺障害による将来にわたる収入の減少を一括して算定して加害者に賠償させるのが、後遺障害逸失利益と呼ばれる損害です。

計算方法

 そして、将来にわたる収入の減少額を正確に算定することは事実上不可能であることから、被害者の後遺障害の内容及び程度に応じて労働能力喪失率や労働能力喪失期間を認定して、ライプニッツ係数により中間利息を控除して計算する方法により後遺障害逸失利益の金額を算定します。
 後遺障害逸失利益の計算式
 「基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対するライプニッツ係数」

労働能力喪失率

 労働能力喪失率は、実務上、後遺障害の内容及び程度が自賠法施行令別表第1及び第2のどの後遺障害等級に該当するかを認定のうえ、その等級に対応する労働能力喪失率表記載の喪失率として認定されることが一般的です。
もっとも、労働能力喪失率表は基準に過ぎないため、裁判では個別具体的な事情に応じて、表より高い喪失率が認定されるケースや、反対に表より低い喪失率が認定されるケースもあります。

労働能力喪失期間

 労働能力喪失期間は、原則として症状固定時から67歳までの期間とされます(症状固定時の平均余命の2分の1が67歳までの期間より長い場合は前者によります)。
 もっとも、後遺障害の具体的な症状が「他覚的所見のない神経症状」などの場合には、労働能力喪失期間が一定期間に制限されることがあります。典型的には、むち打ちの場合、12級13号で10年、14級9号で5年程度に制限されることが少なくありません。

具体例

 上記質問の事例で、被害者の基礎収入(個人事業者の場合は事故前年の確定申告書の所得額)が600万円の場合、後遺障害等級併合6級の労働能力喪失率は67%、症状固定時を41歳として67歳までの26年間が労働能力喪失期間、対応するライプニッツ係数14.3752で、「600万円×0.67×14.3752=5778万8304円」が後遺障害逸失利益となります。

事故後に被害者が死亡した場合

 それでは、後遺障害逸失利益の賠償を受ける前に被害者が死亡した場合はどうなるのでしょうか?

事故による死亡

 死亡が事故を原因とするものである場合には、被害者は後遺障害による損害ではなく死亡による損害として賠償が行われるのが一般的です(後遺障害逸失利益ではなく死亡逸失利益として就労可能年数までの逸失利益が損害となります)。

事故と無関係の原因による死亡

 事故と無関係の原因(上記質問の事例では急性の心筋梗塞)で被害者が死亡した場合には、理論上は二つの考え方がありえます。
 一つは、被害者は事故と無関係に早期に死亡したはずであるから、後遺障害逸失利益の就労可能期間は67歳までではなく死亡時までとすべき、という考え方です(切断説)。
 これに対して、事故と無関係の原因による死亡は後遺障害逸失利益の就労可能期間に影響しないという考え方もあります(継続説)。

最高裁判所の考え方

最高裁判所は、継続説を採用しています。
 最判平成8年4月25日民集50巻5号1221頁
  「交通事故の被害者が事故に起因する傷害のために身体的機能の一部を喪失し、労働能力の一部を喪失した場合において、いわゆる逸失利益の算定に当たっては、その後に被害者が死亡したとしても、右交通事故の時点で、その死亡の原因となる具体的事由が存在し、近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り、右死亡の事実は就労可能期間の認定上考慮すべきものではないと解するのが相当である。けだし、労働能力の一部喪失による損害は、交通事故の時に一定の内容のものとして発生しているのであるから、交通事故の後に生じた事由によってその内容に消長を来すものではなく、その逸失利益の額は、交通事故当時における被害者の年齢、職業、健康状態等の個別要素と平均稼働年数、平均余命等に関する統計資料から導かれる就労可能期間に基づいて算定すべきものであって、交通事故の後に被害者が死亡したことは、前記の特段の事情のない限り、就労可能期間の認定に当たって考慮すべきものとはいえないからである。また、交通事故の被害者が事故後にたまたま別の原因で死亡したことにより、賠償義務を負担する者がその義務の全部又は一部を免れ、他方被害者ないしその遺族が事故により生じた損害のてん補を受けることができなくなるというのでは、衡平の理念に反することになる。」
 
 最高裁によれば、交通事故の時点で死亡の原因となる具体的事由が存在し、近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの「特段の事情」がない限り、死亡の事実は就労可能期間の認定に影響しません。
 上記質問の事例では、交通事故の時点で被害者に急性心筋梗塞罹患の事実があり近い将来急性心筋梗塞による死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り、67歳までの就労可能期間で後遺障害逸失利益を計算します。

将来の介護費用について

 もっとも、将来の介護費用については、最高裁は切断説を採用して死亡後の介護費用は損害にあたらないと判断していますので、注意が必要です。被害者が死亡すればその後の介護が不要となることなどが理由として挙げられています。
 最判平成11年12月20日民集53巻9号2038頁
 「介護費用の賠償については、逸失利益の賠償とはおのずから別個の考慮を必要とする。すなわち、介護費用の賠償は、被害者において現実に支出すべき費用を補てんするものであり、判決において将来の介護費用の支払を命ずるのは、引き続き被害者の介護を必要とする蓋然性が認められるからにほかならない。ところが、被害者が死亡すれば、その時点以降の介護は不要となるのであるから、もはや介護費用の賠償を命ずべき理由はなく、その費用をなお加害者に負担させることは、被害者ないしその遺族に根拠のない利得を与える結果となり、かえって衡平の理念に反することになる。交通事故による損害賠償請求訴訟において一時金賠償方式を採る場合には、損害は交通事故の時に一定の内容のものとして発生したと観念され、交通事故後に生じた事由によって損害の内容に消長を来さないものとされるのであるが、右のように衡平性の裏付けが欠ける場合にまで、このような法的な擬制を及ぼすことは相当ではない。被害者死亡後の介護費用が損害に当たらないとすると、被害者が事実審の口頭弁論終結前に死亡した場合とその後に死亡した場合とで賠償すべき損害額が異なることがあり得るが、このことは被害者死亡後の介護費用を損害として認める理由になるものではない。以上によれば、交通事故の被害者が事故後に別の原因により死亡した場合には、死亡後に要したであろう介護費用を右交通事故による損害として請求することはできないと解するのが相当である。」

まとめ

 以上のとおり、交通事故の被害者が事故後に事故と別の原因で死亡した場合には、原則として死亡の事実は交通事故の損害額の算定に影響しません。交通事故でお困りの方は一度弁護士にご相談ください。