高次脳機能障害が認定されない?高次脳機能障害を否定した裁判例2つ
今回は、高次脳機能障害の有無が訴訟で争われて、裁判所に否定されたケースを2つご紹介します。
東京地判平成20年9月18日判時2034号56頁
〈事案の概要〉
X(事故当時21歳の男性)が昭和61年に原動機付自転車を運転して直進していたところ、その右側を同方向に進行していた運送会社のトラックが左折してきて、Xが巻き込まれた事案。
〈争点〉高次脳機能障害の有無
Xは、事故によって外傷性脳損傷による高次脳機能障害の後遺障害を負ったと主張。これに対して、Y(加害者の運送会社が加入していた人身事故共済の共済協同組合)は、Xが高次脳機能障害の根拠とする医師による診断が本件事故時から約19年7か月が経過した後になされており、診察の前提となる情報が原告及びその家族の説明のみに依拠していること、Xが本件事故後も5回のバイク事故を繰り返して病院や接骨院に通院して損害賠償金を受領していること、脳室拡大、脳萎縮等の画像所見が存在しないこと、Xは本件事故後に搬送された病院で1時間くらいで意識レベルが清明となり見当識障害も消失したことなどから、Xに高次脳機能障害が存在するとは認められない、仮に認められるとしても本件事故と因果関係がないと反論した。
〈裁判所の判断〉
結論:Xに本件事故による高次脳機能障害は認められない。
理由
高次脳機能障害の存否の判断の一般論
『一般に、交通事故の後遺障害としての高次脳機能障害の存否の判断に当たっては、医科学的な見地から、事故後の意識障害の有無・程度及び画像上の異常所見の有無が基本的な要素とされ、前者について、半昏睡~昏睡で開眼・応答しない状態(JCSが3桁)が6時間以上継続する場合は永続的な高次脳機能障害が残ることが多く、健忘症あるいは軽度意識障害(JCSが2桁か1桁)が少なくとも1週間以上続いた場合も高次脳機能障害を残すことがあり、後者について、急性期における脳内出血の確認、慢性期における脳室拡大、脳萎縮等が高次脳機能障害の徴候としてとらえられている。』
Xに高次脳機能障害が認められないこと
『本件についてこれを見るに、本件事故によるXの頭部への受傷は下顎部の打撲挫滅創であって、見当識障害はあったものの、それの継続した時間は入院後1時間くらいまでで、その程度も軽いものであったこと、Xは平成11年から15年にかけて川口市立医療センターで本件事故による後遺障害について受診したが、その際、「心的外傷ストレス(不眠)」との診断を受けたものの、記憶障害や知能・性格変化等の本件でXが挙げる事由につき症状として特に問題とされたことはうかがわれないこと、Xは、報道で高次脳機能障害につき知ったとして平成18年7月に東京都リハビリテーション病院を受診した後、現在に至るまで、診断上重要なものとされる画像検査を受けていないこと等の事情に照らすと、画像上の異常所見等が高次脳機能障害の存在を認定するに当たって必須の要素とまではいえないとしても、少なくとも、Xにつき高次脳機能障害が存すると直ちにいうことができないことは明らかである。』
『X及びその妻の医師らに対する説明内容の正確性、信用性については疑問が残る。』
『他に、Xに本件事故による後遺障害として高次脳機能障害が存することを認めるに足りる証拠ないし事情は見当たらない。』
〈解説〉
上記裁判例は、Xが事故から約20年後に高次脳機能障害を主張して提訴したものの、Xの受傷直後の状況(受傷箇所が下顎部であること、見当識障害はあったが入院後1時間くらいまでで、その程度も軽かったこと)や、その後の診察でも記憶障害や知能・性格変化等の症状が問題とされていないこと、画像上の異常所見がないことなどを指摘したうえで、Xの主張の根拠となっている医師の診断書はXやその家族の説明に依拠して作成されており信用できないとして、Xの高次脳機能障害を否定しました。
たとえ医師の診断書を提出しても、事故後の一定期間の意識障害の不存在やCT・MRI画像上の異常所見がない場合には、裁判で高次脳機能障害が認められることは困難であることがわかります。
津地四日市支判平成28年8月3日自保1978号15頁
〈事案の概要〉
X(事故当時8歳の女児)が歩道上を歩行中にYが運転する自動車にはねられた事案。
〈争点〉
Xは、事故によって高次脳機能障害等の後遺障害を負い、高次脳機能障害によって現在も問題解決能力の低下、遂行機能障害、コミュニケーション能力の低下、意欲低下、易疲労性などの症状が残存し、就職先を確保しても将来にわたって就労を継続し標準的な収入を得られる蓋然性は極めて低いと主張。
これに対してYは、Xに意識障害は生じておらず高次脳機能障害は生じていないと反論。
〈裁判所の判断〉
結論:Xに本件事故による高次脳機能障害は認められない。
理由
『Xは、本件事故後、救急搬送された際、意識障害が生じておらず、入院時に意識がはっきりしないことが指摘されているものの、当時のXの年齢が8歳であり、処置室のベッドに移るや入眠したことからすれば、投薬又は睡魔の影響によるものと推認されるのであって、これをもって意識障害が生じていたとすることはできない。また、本件事故後に実施された頭部のCT検査やMRI検査などでも異常は認められておらず、このような検査所見を前提とすると、味覚異常などによる摂食障害についても、本件事故によって脳損傷が生じていたことをうかがわせるものとはいえない。さらに、担任の教師による学校生活の状況報告書等が提出されているものの、これらによっても、復学後の修学に大きな支障が生じていたとまでは認め難い。そして、これらに加えて、Xが、本件事故当時8歳であり、その後、中学校、高校及び短期大学へと進学し、部活動や短期留学に参加し、各種検定に合格し、飲食店でのアルバイトを行っていたことを総合勘案すると、Xには、本件事故後、日常生活において、種々の支障が生じていたことは否定できないものの、その後の成育過程において、相応の意思疎通能力、問題解決能力等を獲得し、集団生活への適応も身に付けたものといえるのであって、現時点において、生涯にわたって労働能力の一部を喪失するほどの障害が生じているとはいえない。
したがって、Xに、びまん性軸索損傷ないし軽度外傷性脳損傷による高次脳機能障害が生じているとは認められない。
この点、Xは、Xには、問題解決能力の低下、遂行機能障害、コミュニケーション能力の低下、意欲低下及び易疲労性等の症状が存在すると主張するが、上記認定に係る就学状況等からは、仮にXが主張する点に何らかの支障があるとしても、労働能力に影響を及ぼす程度のものとはいえない。
また、Xは、SPECT検査の結果などから、Xに軽度外傷性脳損傷に起因する高次脳機能障害が生じているとの医師Aの意見書を提出する。しかし、SPECT検査は、被験者の検査時における精神状態等が、検査結果に影響を及ぼし得ることが指摘されており、病院におけるSPECT検査の結果もびまん性脳損傷としての典型的なものではなかったというのであるから、上記意見書を採用することはできない。』
〈解説〉
上記裁判例は、Xに本件事故直後意識障害が生じていないこと、頭部のCT・MRI画像でも異常が認められないこと、復学後の修学に大きな支障が生じていたとは認めがたいこと、本件事故当時8歳であったXが短期大学まで進学し各種検定に合格している等の事情を挙げて、Xに高次脳機能障害は認められないと判断しました。
先に紹介した東京地判平成20年9月18日と同じく、事故後の一定期間の意識障害の不存在やCT・MRI画像上の異常所見がないことを理由に高次脳機能障害が否定されており、これらの要素が高次脳機能障害が認められるうえで非常に重要であることがわかります。