線状痕の後遺障害が残ってしまった!後遺障害9級16号の逸失利益は?
〈質問〉醜状障害は後遺障害の逸失利益が認められない?慰謝料は増額される?
先日、中学生の娘が交通事故で顔に怪我を負い、右頬に6cmの線状痕が残りました。幸い他に後遺症はなく体も事故前と変わらずに動かせますが、右頬の線状痕は髪の毛で隠すこともできず人目に付くため、娘のコンプレックスとなって将来の就職にも影響しないか心配です。醜状障害による将来の減収分を損害として事故の相手方に請求できないでしょうか?仮にできないとしても、慰謝料の増額は認められないのでしょうか?
〈回答〉外貌醜状は逸失利益が認められる可能性有。慰謝料の増額で斟酌されることも。
醜状障害は、人目に付かない部位では労働能力に影響しないことを理由に逸失利益が認められないことが多いですが、顔の醜状障害(外貌醜状)は職業選択の幅が事実上狭められるなどの理由で逸失利益が認められる可能性があります。また、労働能力に直接影響がないとして逸失利益が否定される場合でも、間接的な影響があることなどを理由に慰謝料が増額される可能性があります。
質問のケースでは、被害者の方は未だ中学生と若年で、右頬の線状痕が人目に付くことで、人格形成や学業に影響し、ひいては将来の就労にも影響するといえることから、逸失利益が認められ、将来の減収分を損害として相手方に請求できるものと考えられます。
〈弁護士による解説〉
醜状障害
事故で体に残った傷跡のうち、人目に付く部位で、他人をして醜いと思わせる程度の傷跡については、醜状障害として、以下のとおりその程度に応じた後遺障害等級が付きます。
具体的な基準については、こちら(https://koutsujiko-nagoya.com/kouishougai/scar/)のページをご参照ください。
〈醜状障害の後遺障害等級〉
外貌
等級 | 後遺障害 |
---|---|
7級12号 | 外貌に著しい醜状を残すもの |
9級16号 | 外貌に相当程度の醜状を残すもの |
12級14号 | 外貌に醜状を残すもの |
上・下肢
等級 | 後遺障害 |
---|---|
14級4号 | 上肢の露出面にてのひらの大きさの醜いあとを残すもの |
14級5号 | 下肢の露出面にてのひらの大きさの醜いあとを残すもの |
例えば、顔(外貌)に人目に付く程度の長さ5cmの線状痕が残った場合には、「外貌に相当程度の醜状を残すもの」として、後遺障害等級9級16号に該当します。
醜状障害による逸失利益
一般的には、後遺障害等級が認定されれば、等級ごとに労働能力喪失率が問題とされて逸失利益が認められるところですが、醜状障害の場合、後遺障害ではあるものの、それ自体が身体の機能を障害するものではないことから、労働能力を喪失していないとして逸失利益が認められにくい傾向にあります。
醜状障害による逸失利益が認められるためには、個別具体的な事情から、醜状障害が労働能力に直接的に影響するといえる必要があります。
労働能力への影響の有無・程度の判断要素
裁判所が労働能力への影響の有無・程度を判断するにあたっては、以下のような事情が考慮されているようです。
醜状の部位・内容・程度
被害者の職業
事故時の職業、事故後の職業。現にその仕事の内容や収入に影響が生じているか。また、現時点で影響が及んでいなくても、職種や年齢等から将来の転職や異動に影響が及ぶと認められる場合はその限度で労働能力喪失が認められます。
被害者の性別
従来、醜状障害による労働能力への影響には男女差があり、女性の方が影響が大きいと考えられていたことから、後遺障害等級表に男女間格差があり、裁判例においても男女差が見受けられました。しかし、京都地裁平成22年5月27日障害補償給付支給処分取消請求事件判決を契機として平成22年後遺障害等級表が改訂され、男女間格差が解消されました。その後の裁判例の傾向としても男女間の差は少なくなっているようです。
被害者の年齢
被害者の年齢は、それ自体が逸失利益の判断に与える影響は限定的ですが、将来の就職、転職、配転などの可能性を検討すべきケースで考慮されます。
裁判例
醜状障害による逸失利益を認めた比較的最近の裁判例として次のような裁判例があります。
名古屋地判平成26年5月28日交民47巻3号693頁
事故当時派遣社員として空港ラウンジで接客業に従事していた(事故後は退職して店舗販売員のアルバイト)女性(症状固定時33歳)につき、事故により化粧をしても正面から見てそれと分かる右頬から右耳殻に至る長さ9cmの線状痕等が残存して、後遺障害等級9級16号に該当、学歴や職歴などに照らせば将来も接客業に就くことが考えられる等の理由から、労働能力喪失率35%、労働能力喪失期間34年を認めた。
名古屋地判平成28年7月27日交民49巻4号952頁
大学生の女性(症状固定時23歳)につき、顔面部に複数の線状痕(後遺障害等級7級12号)と歯牙障害(12級3号)で併合6級に該当し、コミュニケーション能力に相当な支障が生じていることや被害者の性別及び年齢等を考慮して、労働能力喪失率25%、労働能力喪失期間44年間を認めた。
東京高裁平成28年12月27日交民49巻6号1335頁
音大卒業後、舞台俳優を目指して舞台活動中かつファストファッション店の準社員の男性(症状固定時25歳)につき、顔面下顎正面に長さ4cmの挫創治癒痕(後遺障害等級12級14号)、左側に長さ1cmの挫創治癒痕(後遺障害等級非該当)が残存し、これらは三日月状に盛り上がりピンク色で相対する者が容易に確認できること、舞台活動においては外見の均整も重要な要素であり今後オーディション等で役を得る際に治癒痕の存在を理由に不利益な取り扱いを受ける恐れがあること、一般企業への就職活動においても不利益に働き得ること等から、労働能力喪失率5%、労働能力喪失期間42年間を認めた。
慰謝料の増額
醜状障害から直接的な労働能力への影響があるとはいえず逸失利益が否定される場合でも、醜状障害によって対人関係が消極的になるなどして、後遺障害等級に応じて通常想定される事情を超える労働能力への間接的影響があると認められる場合には、後遺障害等級に応じた慰謝料から増額した慰謝料が認められる可能性があります。
逸失利益を否定しながらも、醜状障害を理由に慰謝料の増額を認めたものとして、次のような裁判例があります。
東京地裁平成30年6月22日交民51巻3号735頁
医学部大学生の男性(症状固定時24歳)について、右頬の茶褐色の瘢痕(3.2cm×2.0cm 後遺障害等級12級14号)は人目につきやすいものではあるが、研修医として不利益は受けておらず、医師の業務の内容等から、醜状障害が原因で医師としての就職や業務の遂行に具体的な支障が生じるとは認めがたいから逸失利益は認められない。医師の業務は患者等とのコミュニケーションを伴い、被害者の年齢も考慮すると醜状障害の存在による精神的な影響は否定できないから慰謝料の算定において考慮するのが相当として、慰謝料320万円を認めた。
まとめ
醜状障害は裁判において労働能力喪失率が激しく争われるところです。交通事故で醜状障害が残ってしまいお困りの方は、一度弁護士にご相談されることをお勧めいたします。